1. 研究の背景と目的
実世界における行為は、知識やその知識を活用する能力、つまりユーザーの経験が影響している。オンラインショッピングなどのWebサイトにおいても、実世界の経験をベースに行動していると考えられる。そのため本研究は、Webサイト上でユーザーの経験を自然なかたちで活かすことのできるデザインを実装するため、実世界をベースとしたWebサイトの指針を決定することが目的である。
2. 研究の方法
本研究は、以下のステップで行った。
I. 実世界とWebサイトにおける行為を比較
II.比較実験を踏まえた行為の振り返り
III、比較実験と行為の振り返りから抽出した要素をもとに、デザインしたモデルの検証
3. 比較実験
実世界の書店におけるユーザーの行為とその書店のWebサイトにおけるユーザーの行為の比較実験を行った。(図1)
3.1 結果
実世界とWebサイトにおける共通する部分として、本を選ぶ際に内容や価格などを確認する。異なる部分として、本の探索の仕方や購入する際の手続きによる躊躇などがあった。
3.2 比較実験を踏まえた行為の振り返り
実:実世界の書店、W:Webサイトの書店
3.2.1 探索の特性
実:検索を行う際、経験や知識の影響が大きい
店員に聞くことも可能だが、聞く内容が暖昧なほど聞きづらい。自分で本を探す場合、本がどのジャンルに属し、どの棚にあるのかなどの情報処理が行われる。この情報処理は個人差が出やすく、個人の経験や知識が影響してくる。W:検索を行う際、経験や知識の影響が小さいいくつかのキーワードをあげ、関連しそうなジャンルに辿り着く。Webサイトでは、ジャンルが思い浮かばす、キーワードの段階でも検索でき、検索機能を使い探索することができる。
そのためWeb書店のアマゾンでは、キーワードや著者などを入力する「サーチ検索」ジャンルから探す「ブラウズ」がある。ブラウズ機能は関連性のあるジャンルでも分類している。
しかし、トップページ上の発見や出会いに繋がる情報を一覧することができない(→提案1)
3.2.2 選択の特性
実:本を手に取り吟味する
本を主観的(興味や好みなど)に判断している
W:本を手に取って見ることが出来ない
Webサイトでは、実物を手にとって見ることができない。そのため、ユーザーに選択の手助けとなる情報が必要となる。
そのためWeb書店のアマゾンでは、内容、目次、表紙の画像などの情報を提示しているが、レイアウトなどの好みが影響してくる情報の提示はされていない。(→提案2)
実:本のポイントを覚え比較する
店内で比較(他ジャンル)と同じ棚で比較
(同ジャンル)があり、他ジャンルの比較は記憶に頼るしかなく、同ジャンルの比較は何回も見直すことで選択の決定を行っている。
W:「覚える」「メモする」「プリントする」
「別ウィンドウで表示」「一覧表」で比較する「プリント」「別ウィンドウ」は情報が詳細なため比較がしやすい。「一覧表」で他ジャンル同士の本を一覧表に入れておく場合は、思い出すためのきっかけになればよいため、最低限の情報でよい。しかし、同ジャンルで比較する場合は、きっかけではなく判断材料となる情報の比較が必要となる。(→提案3)
3.2.3 移動の特性
実:動線を描きながら活動する(図2)
我々は動線の中で常に情報取得し、瞬時に有効な情報に処理している。その結果、レジに辿り着くまでに他の本に興味を持ち、買う本が増えたり、買う本が変わるということが起こる。
W:点と点を飛び回るように行き来する
Web書店ではトップページから会計のページまで点と点の遷移となる。我々はその点と点のみの情報取得になり、実世界のような遷移間の情報取得は存在しない。
そのためWeb書店のアマゾンでは、商品を選び、購入手続きのページまで「おすすめ商品.この本を買った人がその他に買った本」などの情報提示を行っている。
3.2.4 購入の特性
実:次の状態や結果の予想ができる
日常的に経験しているため、手順を踏んでいる感覚はない。
W:次の状態や結果がわからない
Web上では物理的なものを扱えないため、すべてが情報のやり取りのみで行われる。そのため、手続きを踏ませるような表現になっているが、その手続きの点と点の遷移間に情報が無いため、ユーザーが次の行為に移れないという問題が起こってくる。
そのためWeb書店のアマゾンでは、次の状態や結果を伝えるガイドを提示している。
4.検証実験
比較実験から、アマゾンに不足していると思われる要素のデザイン提案を行い、検証した。
4.1 結果
提案1「トップページの案内図」(図3)、提案2「見開きページの画像」(図4)、提案3「購入検討リスト」(図5)のうち提案2.3の二つは有効性を得ることができた。
提案1:注目されなかった
→実験後に提案1の説明をしたが、被験者からは有効性を検証できるような解答はなかった。
提案2:購入する本を選ぶ要素となっていた
真っ先に「見開きページの画像」を見る被験者や最後に確認として見る被験者がいた。
提案3:始めは使われなかったが、説明後は比較に役立っていた
被験者1人目は、購入検討リストを使う前と後では選んだ本に変化があった。
→はじめは値段で判断してしていたが、内容を見比べられることで、今「興味あること」に当てはめながら判断することができたためだと考えられる。
被験者2人目は、購入検討リストを使うことでより確信を持ち同じ本を選んでいた。
→ランキングや評価を比較できることで、本の差がより明確になったためだと考えられる。
5.結論
我々は実世界において、さまざまな情報を無意識のうちに取得している。その「無意識の情報取得」をすることに対してWebサイト上で適切にデザインされていないことが、現在のWebサイト上で起こっている問題(欲しいものが探せない、実際に買うまでには至らないなど)の原因になっていると考える。
我々が意識的に取得している情報だけをデザインするのではなく、「無意識に行う情報取得」を補うともに、情報を有効に利用できるようなデザインをしなくてはならないと考える。
1.研究の背景と目的
ここ十数年の間に、日本各地の雑木林が次々に削られ、姿を消している。私の実家付近にある雑木林も徐々に小さくなり、幼い頃の遊び場として思い出深い環境はもうそこにはない。
本研究は、『雑木林と人との新たな関係』を提案するための基礎研究である。まず、これまでの雑木林の役割と思われる内容をまとめ、今回は、その役割の中から一点にしぼって、既存の研究資料から集められたデータと照らし合わせ、定量的な観点から吟味する。そこでこれからの雑木林の存在意義を述べることができれば、それが雑木林を守る活動の武器になりうると私は考える。それに加えて、足りないデータが何かを明らかにする。
2 研究の方法
文献調査。多くの単行本,パンフレット,ウェブサイトのような二次資料とそれらの基になった論文を参考にまとめる。
3. これまでの雑木林の役割と思われる内容
3.1 暮らしのための生産の場
なぜ雑木林は姿を消しているのか。なぜ昔は雑木林がたくさんあったのか。その理由として、かつての雑木林は暮らしのための生産の場として使われていたが、今はそうではなくなったということが考えられる。
戦前、人々は雑木林に生える樹木などを上手に活用し、生活をより良いものにしていた。幹や枝崎・炭・柴として燃料に、或は蔓と一緒に柴垣・建材・生活道具・農具の材料にした。
毎年秋に出る大量の落ち葉は腐葉土・堆肥など有機肥料として、下草は牛,馬などの飼料としてそれぞれ活用されていたし、きのこ、山野草、兎、猪などの小動物、イワナなどの川魚は大切な食料であった。このように生産とうまく結びついていた雑木林では、間伐・枝打ちが頻繁に行われ、明るく安全な美しい雑木林が出来上がった。林内に日がよく当たるため、生物多様性は今よりも格段に豊かだったはずである。
3.2 戦後の工業化による雑木林の減少
ところが、戦後の高度経済成長期に工業化が進み、薪・炭などの燃料は安くて便利な化石燃料(石油・ガスなど)や電気に取って代わられた。また、プラスチックの登場で多くの生活道具は工業製品として大量生産されていった。
3.3 雑木林の役割を見直すきっかけと思われる動き
そんな中、国有林は林野庁の独立採算制、民
有林,共用林は現金収入の大半を占めた薪炭が衰退したことによって、収入源としてもっと期待の持てるスギ・ヒノキの人工林へと転換されていった。しかし、外国からの安価な輸入材におされ、国産材の売れ行きはあまりよくない。収入のなくなった人工林の中には間伐・枝打ちをする費用がなく放置されるものも多く、日当たりの悪い林内には下草がほとんど生えなくなった。その結果、風倒木の増加、沢水の減少、川下の洪水増加などの問題が多発するようになったが、これらの問題が明るみに出てからは森林の環境面の役割が次々に明らかになった。『森は海の恋人』という有名なキャッチフレーズは森林から出る水が海産物収穫量を増やすということをうたっている。『山は緑のダム』という言葉には、保水力のある山はダムの代わりになってくれることが表されている。しかもダムのようなメンテナンスが必要ないため、その分の公共事業費を山の管理に投資できるという点で都合が良い。その他にも、植物の光合成(cO室の吸収)によって地球温暖化を,蒸発散作用によってヒートアイランド現象を、また、自然災害(土砂災害,火災,水害,風害,雪害,騒音など)も軽減防止するという。もっとも、これらの役割は我々人間が重要視しなかっただけで昔からあったものである。
これらの環境面の役割が明らかになると同時に、最近、ようやく雑木林の役割を見直すきっかけと言えそうな動きが見られはじめてきた。より質の高いものを求めた、本学科第三生産技術研究室やHOCCOなどによる高付加価値を持ったクラフトの技術。茶室や数寄屋にも高級な建材として雑木が使われている。
4. 雑木林の役割を裏付けるデータ
前述のように、雑木林にはさまざまな役割があるが、今回はその中から「水の循環から見た雑木林の役割」について、定量的なデータと照らし合わせて説明したい。
4.1 水の循環から見た雑木林の役割について
・浸透能と保水力:
定義の違いを明確にする必要がある。一般に言われている「広葉樹のほうが保水力がある」について、それがわかる定量的なデータは残念ながら見つからなかった。(図1.2)
また、保水力のある森林は降水をゆっくり均一に流すことによって洪水・渇水を防いでいるが、雑木林のデータはなく、針葉樹と広葉樹の混交林の場合、林齢が大きくなるほど年最小日流出量は増加する。(図3)
・森林が水質に与える影響:
森林に降った雨は植物体から養分が溶出する時,植物に養分を吸収される時,土壌の負に帯電した粒子にイオン交換される時に水質を変化させる b)。この負に帯電した粒子は腐植内に多いため b)、落葉の量が多い雑木林は水質を変化させる力も大きいと思われる。また、物質のほとんどは土壌と植物体内に貯蓄され、栄養分の少ない状態で川に流出することになるが、その物質量は有機物の分解速度が速いところほど多くなるという b)。つまり針葉樹林は広葉樹林に比べ、流出する物質量は少なくなると考えられる。
5. これからの雑木林の存在意義
以上の吟味から今後の雑木林の存在意義は
1 豊かな種が生み出す再生産可能な資源としての役割
2 居心地の良い自然空間としての役割
3 複合的な学習が可能な場としての役割
4 水,空気,熱,音,光などを制御する役割
が考えられ、これらを二重、三重に活かすことが雑木林を保全することにつながると思われる
参考・引用文献
a) (社 日本林業技術協会『森と水のサイエンス』1997.6.3 東京書籍
b) 只木良也・吉良竜夫『ヒトと森林』2000.3.10 共立出版
c) 只木良也『森と人間の文化史』1997.8.30 日本放送出版協会ほか
1.研究の背景と目的
靴は歩行の快適さと、足元の美を演出する代償に人間本来のからだの機能を減退させている。更に健康被害に成り得る場合もある。
本研究では,人間本来の歩行機能を取り戻すために新しいタイブの履物を提案することを目的とする。これが結果的に脚に、人にやさしい履物になると考えている。靴の概念の中では問題を解決不可能と考え、広義の履物の中で展開する。
2.問題の発生
靴は職人の経験からヒールに高さを持たせること(ヒール高差)で歩きやすくなった。更に足底を支えるために靴底の強いしなり(シヤンク)が生まれ、この2つの相乗効果で歩行時の足の筋負担が軽減できる。
しかし、第二の心臓機能と言われるミルキングアクションを低下させることになる。
ヒール高差と筋負担との関係を調べたところ、ヒール高差0皿と15mでは脚の筋負担にあまり差は見られなかった(図1)。
3.コンセプト
素足感覚で歩ける履物
・歩行に使用する本来のパランスの良い筋の構成に戻す
予想される効果
・足の変形を伴う障害の予防
・足の変形を伴う障害の進行を止める又はその治癒
・後退する人間の重心位置があるべき位置に戻る
実現の為に必要な条件
・ヒール高差を無くす→足首の曲げ
・シャンクを無くす→足首の曲げ
・爪先の形が可変できる→足指への加重
・踵の形が可変できる→ホールド性の向上
・サイズ許容量を広げる→足への余分な負荷減
4.試作準備
品質表を中心に細部にわたる設計仕様を決定すると共に改良時にもこれを活用する。
同時に履物の製法やデザイン、歴史を調べ参考となる要素を抽出する。また、材料・道具を決めるためにメーカー、資材店、靴店を調査する。販売員の評価を受けられる様に連絡ルートを作る。
5.試作
靴型はメーカーより借り受けたアルミ製・作業靴製造用・ギリシャ型の26cm・EEサイズと24cm・EEサイズをベースとして試作を行った。
1~5次試作では市販靴25.5~27.0cmの靴ユーザーを対象に、履き心地評価を行いながら26cm靴型で作り込んだ。
6次試作で実験用に8足製作した。更に継続して7,8次試作で改良を加えた。
6.試作の評価と改良
評価項目は品質表から抜粋した表2と評価者の意見に基づき対策案を出し、改良を繰り返した。
1次試作(図2,3)
足長調整の平織りゴムが強く、爪先が曲がる不都合が出た。甲皮の織物も耐久強度に難があり変更が必要となった。
踵のホールド性と幅の調整に関しては評価が良かったが、作成が難しく仕上がりにバラツキが出る可能性があった。
2次試作(図4)
紐の締め付けが強く開放もしづらい。この事によって爪先や幅の適度な調整以前に、モデルの形状が保てず再検討を要した。
クラリーノの質感が適度で安定供給される目処がついたので3次試作より、これを多用することとした。
3次試作(図6)
甲の締め付けを弱くする仕様変更だったが失敗した。紐の編み上げ角度が大きく影響しており、2次試作で確認した。紐の滑りを良くする為に金属D冠を採用することとした。サイズ調整は方策が出ず保留とした。
4次試作(図7,8)
サイズ調整を楽にする為に底を分割し、結合部に伸縮素材と粘着テープを配置した。設計段階で検討内容が薄く、底が突起した状態になり、試用が困難であった。
踵部分も切り離し縫製しやすく、フィット卜する形に変更したが、実用性が低く被験者の評価も悪かった。
5次試作(図9,10)
評価試験に耐えうる試作品が完成した。
踵のクッション材の耐久時間、爪先の一部が変形して水や汚れが浸入する問題が生じた。
6次試作(図11)
1足試作後に前試作の問題確認を行った結果、問題は解決された。
早急に被験者分の靴を追加作成し、評価実験を行なった。
7次試作(図12,13)
防寒、防水面の強化と足長調整をより簡便にする予定であったが、3次試作のサイズ調整を採用としたためにかえって調整しづらくなった。
8次試作(図14)
甲皮主資材の透湿性で蒸れの問題は残ったが、目的とする最終の形まで到達した。
7.履物が血流に与える影響
履物の違いが脚部の血流に与える影響を見るためにサーモカメラで体表温を計測した。
被験者の脚部を昼と夕方に測定した。
通常靴を履いた被験者cと比較して、試作モデルを履いた被験者A,Bは足部末端部の体表温低下が抑えられている(図15)。
8.履物が循環系に与える影響
図16は心拍数、図17は最高血圧、図18は最低血圧を示す。被験者A~Eは自前の靴(ヒール高差10~16mm)と試作モデルを履き、歩行中の心拍数、血圧を測定した。
試作モデルを履いた時の方が循環系の負担は減少する傾向が見られた。これは脚部の筋が協調的に働き(ミルキングアクション)、第二の心臓としての役割が活かされていると考えられる。
9.結論
ヒール高差のある靴、シヤンクのある靴は血行障害を引き起こす要因と成り得る。試作モデルにより、ヒール高差を無くし、サイズ許容を大幅に広げるだけでなく、足の形状に合わせられるようにした。これによってしっかり足にフィットすると共に、足首関節と足の指を自由に動かせられるようになった。このことにより、人間本来の歩行時の脚機能を取り戻す事ができると考えられる。
参考文献
越智淳三(訳):解剖学アトラス第3版,文光堂,1990
小野三洞:あし〔いま、身体について考える〕,風涛社,1975
小原二郎他:建築.室内.人間工学,鹿島出版会,1969
石塚忠雄;靴の科学,講談社,1991
生命工学工業技術研究所:
http://www.dh’aist.go.jp/NIBH/NIBH/ourpages/fcot/j-fOotmorph.html
あるある大辞典:http//www.ktv・co.jp/ARUARU/index・html
1 研究の背景と目的
平成13年度より本学に6番目の学科「環境情報工学科」がスタートした。この新学科の新設にあたり、新学科のための研究棟と、全学科のための教育棟がまもなく完成を迎える。
本研究では、次の2点を目的としている。
1. 新棟建設委員の一人である二瓶教授のもと基本構想、基本計画、基本設計、実施設計、設計監理に参画し、設計・生産プロセス・手法・技術・ディテール・表現方法を学ぶこと。
2. 1で学んだことを活かし、<香澄町キャンパス空間を整える提案>を行うこと。
現在の香澄町キャンパスは、かなり過密である。過密ながらも計画的な整備がなされていれば、別の空間が広がっていたかもしれない。これは、大学創設時、大学の将来像について想定できず、キャンパスのマスタープランがつくり得なかったことも一因である。
しかし、現状をしっかり認識し、現在の状況で精一杯考えることの方がより重要と考える。
<新棟>はキャンパス全体の環境を視野に入れた計画となっている。そこで、<新棟>の計画で目指した考え方を媒体としたキャンパス空間の提案を目指す。
2 <新棟計画>デザインプロセスから学んだ内容
<新棟計画>という一連のデザインプロセスを通して、私が学んだ内容を6つのキーワードにまとめた。
(1)周辺環境を活かした<地と図>の関係を学ぶ
新棟の建築位置は旧2号館周辺で、隣接して松並木が存在している。この松並木の景観を壊さぬよう、公道側には松の樹冠を超えない教育棟を配置している。背景すなわち<地>として活かす手法である。
(2)有機的な繋がりを重視した空間構成を学ぶ
新棟計画では教育棟と研究棟が分棟されている。中庭・研究棟多目的教室・コロネード・教育棟吹き抜けホール・松並木ゾーンを連続するスペースと捉え、連続性・透視性を生み出している。<外>を<内>に取り込むという考え方である。またその間にコロネードを設けている。コロネードは雨よけという機能だけでなく、教育棟と研究棟、更には既存建物と空間を繋ぐ媒体としての役割を持っている。
(3)空間形成要素自体がサインであるという考え方を学ぶ
単に案内板を掲げるだけでなく、<スペース>・空間形成要素(床・壁・天井)そのものに大きな意味のサイン的役割を持たせている。コロネードは存在そのもので、「ここを通る」という意味を持つものである。床のデザインで更に補強している。また、研究棟妻壁では、アルミパネルにブレースの形を表現することで制振システムの存在を暗示している。
(4)空間を秩序づけるためのモジュールの考え方を学ぶ
平面計画・構造計画をするにあたり、基本モジュールを定めている。平面計画ではモジュールをもとに、基本となる平面ユニットをつくり、分割及び伸展させてく要求される面積>に柔軟に対応できるシステムとしている。
(5)構造・材料の特性を活かす選定法を学ぶ
教育棟はプレキャスト鉄筋コンクリート構造とし、躯体が視覚的に表現されている。研究棟は純鉄骨構造で、外壁はアルミパネルのカーテンウォールで構成されている。このように構造体の持つ特性をそのままデザインとして活かしている。
(6)素材を活かした色彩計画を学ぶ
アルミパネルやコルテン鋼など素地を最大限に活かしている。スチールマリオンのカーテンウォールは共通のモチーフとして教育棟と研究棟との統一感を表現している。
3.<キャンパス空間>のデザイン
以上の<新棟計画>から学んだ内容を踏まえ、新棟を軸としたキャンパス空間の提案を以下の方法で展開した。
(1)調査
在学生の香澄町キャンパスに対する現在の要求を客観的に把握することを目的とし、空間系実習生13名と協働で提案活動を行う。
1 キャンパスの調査及び評価を行い、そこでの結果をもとに評価マップを作成。
2 イメージコラージュの作成。
3 各自が興味を持った場所について提案。
(2)評価・分析
調査で挙げられたリニューアル提案=要求として捉えると、大きく3つの要素に分けられる。
・歩行空間を整える
・歩道空間と関連した広場をつくる
・駐車場・駐輪場を整える
このキャンパスは一見過密で欠点の多い空間に思えるが、提案によっては快適になり得る可能性があり、全体的に質を整える手がかりが得られた。
(3)デザイン展開
<新棟>を軸に南北方向の断面でデザイン展開を行った。
□教育棟北側公道沿い松並木の歩道空間
step1
現在の老朽化したフェンスを撤去する。
step2
A.植え込みをしっかり連続させることでフェンスの代わりとする。
B.フェンスを教育棟側に移動して、新設する。
step3
敷地を歩道として開放し、床面を舗装し、整える。
・地域との関係を考慮することで大学の垣根を開くことになる。
・照明や床パターンにより、通行人を誘導するサイン的役割を持たせる。
・教育棟北側法面の<キワ>について一今までの法面の形を活かしその端部は松杭による垂直面とする。(写真右)
□多目的教室
従来の施設の建てられ方を振り返ると、そのプロセスの中で必ずしも教職員・学生の意見が反映されていなかった。新棟計画では学長のもとに新棟建設委員会が設置され、企画・構想の段階からここで検討されたことが最大のポイントである。
そしてこのことが具体的に形となって現れたのがこの<多目的教室>である。
<多目的教室>は当初の要求にはなかったが、最初から提案し続け、共用部を合理化することで面積を創出し、実現した。ここでは<多目的教室>を大学全体の<フォーマル>なスペースとして位置づけ、その使い方の提案を試みた。
4.総括
<新棟計画>を通して、建築計画の技術的側面とともに基本的なデザインプロセスの思考を実践を通して学んだ。設計行為は常に最適解を模索し、それを求めるためにスタデイーを何度も繰り返す。いかに図面のレベルを高く設定するかで、その建築の質が決まってしまう。そこには、建築という何十年、何百年と存在するモノをつくる責任を感じた。
来年度からこの新棟が、本学のシンボルとして機能していくわけだが、この新棟の趣旨が媒体となって、キャンパス全体に反映されていくことを期待する。そして使用する我々が、空間に触発され、新たな行為を生み出すきっかけとなることを望む。