1. 背景
「ユーザー中心」、「顧客中心」という言葉を耳にすることが多くなってきている。
日本における工業デザインの分野においては、大量生産・大量消買の時代とは異なリ、近年は、より購入する人・使用する人の立場に立ってモノづくりを行うことが求められてきている。
しかし、いざ市場に出ている製品をみてみると、人々が従来から持っていた欲求や期待の本質を理解するところには多くのコス卜をかけずに、技術先行の新機能や、新しさだけをウリにしたアイデアが先行したデザイン開発が行われてるように感じられる。
このように、人々の活動のあるー部分を対象としたデザイン開発では、それまでに人々が培ってきた経験が活かされず、実際に提供された道具の仕様が、活動に即さないことが多い。
1.1. パターンをべ一スとしたデザイン開発の可能性
認知科学の分野における人や生物の理解や学習に関わる研究、建築の分野において、1970年代にクリストファー・アレグザンダ一によって抽出された建築物の設計に立ち現れる本質的な253のパターンを例にみるように、我々人間の活動には、多くの共通的な知識や感覚があると考えられる。
このように、人々の活動の中で変わることのない共通性(=パターン)に注目し、それをベースとしてデザイン開発を行ことができれば従来よリも、元来人々が持っていた欲求や期待の本質を捉えた質の高いデザインが、効率的に行えるのではないかと期待が持てる。
本研究の先行研究においても、人々の活動の中に存在する共通性(=パターン)に注目し、よリ質の高いデザイン開発を、効率的に行うテザイン手法として、Activity Pattern-Based Design Method(以下APBD Method)を開発し、実績としても、町内会や家族のコミュニティを支援する道具のデザイン開発において、有効牲を確認している。
[APBD Methodの特徴]
i) 対象とする活動を記述し、モデル化することで、活動を客観的に捉えること。
ii) 人々の活動において、変わることない普遍的な部分を共通のパ夕一ンとして蓄積し、デザイン開発に活用すること。
2. 本研究の目的
本研究は、APBD Methodの中でも、人々の活動に即した道具をデザインする上で重要なプロセスと考えられる、①活動のモデル化と、②人々の活動にあらわれる本質的な要素をパターンとして抽出しデザイン開発に適用すること、という2点についてよリ注目し、APBD Methodといラデザイン手法がより有効なものとなるよう可能性を探った。
3. 研究方法
本研究では、APBD Methodの実践も含め、先行研究において取り組まれてきた、2つの活動を支援する道具のデザインプロジェクトを題材として、実際に道具が提供された実活動の現状と、デザインを行うにあたって取り組まれてきた複数年の経緯から、あらためて「活動に即した道具一求められる要件」について分析し、得られた結果から、「活動に即した道具のデザインに必要なデザイン手法」について仮説を立てた。
有効性の検証については、仮説をAPBD Methodのデザインステップに落とし込み、そのデザイン手法を実践することで確認を行った。
4. 仮説の抽出
APBD Methodの開発の基礎となっている先行研究においては、活動に即したデザイン手法を開発するための事例として、仙台市青棄区にある滝道町内会において、実際に行われている情報共有活動をモデル化し、それをベースとして地域における情報共有において必要な要素を、地域コミュニティを支援するウェブサイト「たきみち生き活き広場」のデザインに反映させ、実活動に提供してきた。
しかしながら、継続して使用状況を調査したところ、提供したウェブサイ卜が、必ずしも実活動に即した提案になっていない部分があることに気が付いた。
ー方、同じ学生の課題制作時の参照活動を支援するためにデザインされた作品デー夕べースにも関わらず、創作活動に関わる学生や教員が持っている上位の目標に注目して分析し、それをもとに展開した道具のデザイン仕様が、従来提案されていたものと比較して、より活動に即した仕様に変化した事例に注目した。
具体的には、創作活動の学びにおける学生の「将来、社会で活躍できるデザインの技術を身につけたい」という目標やそれを踏まえての学生の経験値、また、創作の学びにおける牽引者である教員や、先輩学生が残した参照作品の役割を捉え、最終的に創作の学ぴに関わる学生と教員、両者にとっての上位の目標を達成するために必要な、「良い参照情報」という価値を発見し、それを課題作品を閲覧・登録できる作品データべースのデザインに反映させた事例に注目した。
本研究では、上記の結果を踏まえ、次の仮説立て、従来のAPBD Methodに反映させることにした。
【現状活動の把握[As Is Realities]に閲する仮説】
1) 具体的に行われている活動を捉えるには、対象とする活動に関わっている人や組織を洗い出し、活動におけるそもそもの目的(=上位の目標)にまで範囲を遡って記述すること。
2) 捉えるべき内容は、対象とする活動に関わっている人や組織の属性(役割と経験)までを把握すること。
3) 必ずしも必須ではないが、支援の対象とする活動を見定めるため、目的が似た活動で、且つ、具体的に行われている活動が他にあれば捉えること。
【活動のモデル[As Is Models]に関する仮説】
4) 対象とする活動に関わっている人や組織の、上位の目標と属性から、それを達成するために必要な価値をあきらかにし、道具において支援する課題を見定めること。
5. デザイン手法の実践
仮説の有効性を確かめるため、従来からプロジェクトを進めている、仙台市青葉区にある滝道町内会に協カをいただき、地域コミュニティにおける情報共有活動の中でも、「地域の防災活動」に対象を絞り、デザイン手法の実践を行った。
下記に、それぞれのステップで捉えられた結果の一部を紹介する。
【現状活動の把握[As Is Realities]】
具体的に行われている地城の防災訓練に関わる活動を捉えた結果、対象とする地域には、大きく分けて、次の2つの属性を持った人々が存在することが分かった。
[地域の防災活動に関わる人々の属性]
1) 地域の防災活動を担っているリーダー(町内会役員)
2) 災害が起こったときに自助、およぴ共助の知識・関係が必要なメンバー(地域住民)
また、具体的に行われている地域における防災活動から、そもそもの目的(上位の目標)まで遡って記述した結果、1)地域の防災活動を担っているリーダー(町内会役員)にとっては、災害に強い町内会を作ること。2)災害が起こったときに自助、およぴ共助の知識・関係が必要なメンバ一(地域住民)にとっては、i.住みよい環境に暮らすこと、ii)災害が起こっても生き延びること、が活動におけるそもそもの目的(=上位の目標)だと捉えることができた。
【活動のモデル[As Is Models]】
地域の防災活動における町内会役員と地域住民、それぞれの属性と上位の目標から、それを達成するために必要な価値をあきらかにし、最終的に道具で支援する課題をあきらかにした。
災曹時対応の知識は、実際に体験しないと身に付けることは難しい。また、隣近所で助け合える関係を築くには、地域の防災訓練に顔を出し、いざ災害時にどういった協力をすればいいかを把握することは大切なことである。しかし、現状では、地域住民が防災訓練に参加する必然を感じていない。もしくは、参加するモチベーションにつながっていない。町内会役員が苦労をして防災訓練を開催しても、なかなか災害に強い町内会を築くことにつながっていない。原因はいくつか考えられるが、参加の呼びかけと、振り返りについての情報共有の道具として従来から使用しているテキス卜メインの回覧が、両者のコミュニケーションツールとしてうまく働いていない主な原因(道具において支援する課題)であると考えた。
【あるべき姿のモデル[To Be Models]】
活動のモデル[As Is Models]において得られた結果をもとに、活動のあるべき姿を描き、それを支援する道具のデザイン仕様を考えた。
[地域の防災活動におけるあるぺき姿]
災害時対応の知識の獲得と、隣り近所で助け合える関係の構築を地域全体で育むこと。
活動のあるべき姿を描き、それを支援する道具のデザイン仕様を考えるにあたって今回の提案では、地域の防災活動の中でも、体験型の活動である「地域の防災訓練」の参加の呼びかけ、振リ返りのコミュニケーションツ一ルとして、従来から利用されている「回覧板」に対象を絞った。
そして、活動のモデル[As Is Models]において抽出した人々の属性(役割と経験)をもとに、①回覧記事作成者である町内会役員に対しては、記事作成におけるひな形として、②活動に参加する対象者である地域住民に向けては、情報共有の媒体として、それぞれ2つの側面からデザイン仕様を考えた。
下記に、デザイン仕様の代表的なものとして、実際に検証モデルとして使用した回覧用お知らせ記事の作成のひな形と、ひな形をベースに内容を記戴した回覧用報告記事を紹介する。
[お知らせ用回覧記事ひな形の主な仕様]
1) あいさつ文は、「時候の挨拶」、「イベントの目的、およぴ体験できること」、「締めくくリの挨拶」という
順で簡素に記すフォームにすること。
2) イベントに一度も参加したことがない地域住民に、安心感と親しみやすさを持ってもらうため、イベン卜の全体像が伝わる情景写真を入れること。
3) イベントを実施する上で、特に知って欲しいこと、伝えたいことを表現する写真を入れること(体験できることの詳細が分かる写真など)。
4) あいさつ文、挿入写真については、あらじめデフォルトで見本となる文章を入れておくこと。
[報告用回覧記事ひな形(詳細版)の主な仕様]
1) イベントを体験していない地域住民にも、イベントで行われた全体像が伝わるように、また、イベン卜参加者に質問ができるように、イベントで行われたことを写真を時系列に表現すること。
2) 次回のイべン卜を企画する町内会役員ヘの参考となるよう、準備ー開催ー反省までを時系列に並べた実施内容の一覧と、開催後の反省欄を設けること。
※報告には、簡易版として、上記のお知らせ用回覧記事ひな形とほぼ同体裁のものを用意した。
また、ひな形のシステムイメージとしては、ウェブアプリケーション上で記事を作成し、記事の閲覧は、従来どおりの紙による回覧と、回覧情報をアーカイブできるコミュニティサイ卜による閲覧というハイプリッド型を想定した。なお、紙による回覧の下端に、同情報をアーカイブできるよう旨を記載している。
6. 検証
検証は、①回覧記事の作成している町内会役員と、②回覧記事の閲覧者である地域住民の2つの対象に分け、実際に、それぞれ提案したひな形を使っての記事作成、およぴ閲覧をしていただいた(分析は、グループインタビューに発言内容と、記事作成時の発話内客をもとに行った)。
【記事作成のひな形としての有効性】
1) 若い地域住民に向けて、災害時の要支援者を搬送する担架、リヤカーへの写真を入れてお知らせをしたいという思いと、ひな形で表現できることが合致していた。
2) あらかじめ、ひな形を用意することによって、より参加の呼ぴかけの中身を吟味する作業や、記事を作成しながら前年度の実施した内容を振り返ることに時間を割けるという効果があった。
【情報共有の媒体としての有効性】
1) 地域住民よリ文章だけの細かい記事より、写真、絵が入っていた方が興味を喚起するのに有効だという反応があった。
2) イベントを企画、運當している町内会役員より、地域住民に実施内容を伝える媒体として、また、町内会役員班長会議にてロ頭で内容を伝えるベースとして、ともに有妨であるという評価をいただいた。また。年に2度発行している町内会会報のアーカイブする原稿としても活用していという意見が出た
なお、今回の検証では、純粋にイベントに参加できなかった地域住民に対する情報共有ツールとしては検証が行えなかった、また、課題として、記事に掲載する写真のプライバシーの保護が上げられた。以上については、今後システムを実装していく上での課題である。
7. 結論
検証結果より、以下にデザイン手法としての有効性と、可能性をまとめた。
活動に適合した道具をデザインするための手法として、デサインプロセス(①現状活動の把握と、②人々が従来から持っていた欲求や期待の本質を読み取る)という2つのステップにおいて、人々の活動におけるそもそもの目的(=上位の目標)にまで範團を広げて活動を捉えることと、活動に関わっているメンバーの属性(役割と経験)から導き出した価値を把握することが、その後のデザイン展開において、従来から提案していた道具と比較して、より対象とする活動に即したものとなることが確認できた。
また、活動に即したより質の高いデザイン開発を効率的に行うという、もう一つのAPBD Methodの特徴についても、従来のAPBD Methodで発見されていた、2.As Is Modelsにおいて、上位の目標がことなる活動でも、その活動を構成する活動において多くのパターンが存在することを発見していたが、今回の取リ入れた手法をべースに、3.To Be Modelsにおいて、人々の活動における本質的な欲求や期待を、それぞれ、①活動のパターン(人間的側面)、②デザインパターン(デザイン仕様的側面)として分けて抽出・蓄積することに、よリ活動に即した道具をデザインする可能性を見いだすことができた。
8. 今後に向けた課題
今回の研究では、現状の活動から人々が持っている欲求や期待の本質を読み取リ、それをデザインに変換するデザイン手法に注力して研究を進めたため、APBD Methodの特徴であるパ夕一ンの導き方として可能性は発見できたものの、実際にパ夕ーンを利用した他の活動へ展開するフェーズにおいて課題が残された。
注および参考文献
1) Johnson-Laird,P.N. : Mental Models, Cambrige University Press, 1983
2) Christopher Alexander : A Pattern Language, Oxford University Press, 1979
3) 湊貴恵: 地域の人々の活動を抽出・記述し、デザインへ変換する試みーWebサイ卜「たきみち生き活き広場」お知らせぺージを対象としてー東北工業大学 2005年度卒業論文
4) 敦賀雄大: 活動のパターン解析からデザインパターンを生み出す方法の研究ー町内会、家族というコミュニティを対象としてー東北工業大学 2006年度修士論文
5) 加藤康朝: デザイン工学科Webデ一タベースのデザイン開発・東北工業大学 2002年度卒業論文
6) 斉藤雅史: 入力する人と閲覧する人の双方に魅力のあるデータベースの開発ー東北工業大学 2006年度卒業論文
7) 田中淳子: 活動の抽出から適切なデザインへ展開する試みーデザイン工学科作品データベースを対象としてー東北工業大学 2007年度卒業論文
8) 後藤芽利香: 登録者の魅力となる作品評価方法の研究ーデザイン工学科作品データベースを対象としてー東北工業大学 2007年度卒業論文