天然スレート民家の成立過程に関する研究―南三陸町入谷の屋根替えに注目して―A Study on the Formation Process of Natural Slate-Roofed Houses,Mainly Focusing on Roof-changing in Iriya District,Minami-sanriku Town.
阿部 正
本邦の地方建築には、大谷石や鉄平石など天然石材を活かしたものがみられる。共通することは、石質の特徴を巧みに利用し明治期以降、建材利用を目当てに積極的に採掘・加工され、都市の需要を満たしつつ、産地周辺の民家等建築にも利用され、地域の特徴的な建築として現在に至っていることである。
本研究は陸前地方 の天然スレート民家を本研究の対象とし、屋根の葺き替えに注目し、現地調査と資料調査からその成立過程を明らかにすることを目的とする。一方、宮城県南三陸町入谷地区は、以下の2点において本題を研究するのに適している。
① 中山間集落にあって、自然災害等による滅失が少なく、よって天然スレート民家が集中的に現存し、地域的特徴がよく遺っている。
② かつて石材採掘を行っていた遺構が残存し、そのことを示す古史料を地区内の民家が所蔵している。
この地区の農家の屋根が天然スレートに葺き変わっていく過程を明らかにすることは、集落空間への影響の一端を捉え、以後の天然スレート民家研究に対して、幾許かの視座を与える可能性がある。
そこで石材採掘に関する史料解読分析(第2章)、入谷地区の天然スレート民家の分布状況(第3章)、葺替え工法と家屋改造および生業との関係(第4章)および具体事例の家作考証(第5章)について検討を進めた。単様にみえるスレート屋根群は、集落の多様な機微を表出していることを調査から得た。さらに屋根替えにおいては、恒久素材に葺き替えただけの家作行為ではなく、生活様式と社会事情の変化、さらに生業との密接な関係の中で変容した民家の様相を呈していることを明らかにした。その様相は、茅刈り場の利用形態にも影響をおよぼし、屋根以外の村落景観にも波及していたことが露わになった。
写真上 南三陸町入谷の天然スレート民家とその景観
写真下 入谷地区に残るスレート開発にかかる古文書
*ノーマルデザインアソシエイツ(建築設計事務所)主宰,社会人修士/おもな参考文献|1) 石田潤一郎:INAX ALBUM5 スレートと金属屋根 1992 2)谷口大造:宮城県における国産天然スレートの利用過程と意匠について, 日本建築学会大会梗概集 1988 3)立川日出子:三陸地方における天然スレート屋根の普及と施工, 神奈川大学院歴史民俗資料研究 第 3号 1998 ほか