蛇口の使いやすさに関する研究―ハンドルタイプを対象として―
竹田 里美
1. 背景と目的
私たちの生活の中で、毎日使用しているのが水道蛇口である。蛇口は、ハンドルタイブからレバ一タイプ、そしてセンサ一タイプヘとその技術は進化してきているが、我々の生活空間には、それらのタイプ全てが、設置筒所の目的に応じて、日常的に使用されている。また日々変わるキッチン・洗面周りのインテリアデザインに合わせた、新たな蛇口の形態が日々生まれ、その使い方が一瞬には飲み込めないなどの問題も出ている。このように、日常的に誰もが使う蛇口には、それぞれのタイプ毎に、使いやすさに関する様々な問題が内在している。
本研究は、この蛇口の形態(形状、寸法)に着目して、蛇口を使用可能な、若者から高齢者まで、誰もが使いやすいと感じる蛇口の形態を、形態の展開と手の操作による複数の被験者の使用実験を通して、心理的、生埋的に探究することを目的としている。対象は、手から指操作に移行するデザインの傾向の中で、いまだ一般的に使われている手操作によるハンドルタイプとし、その形態の特徴は何なのか、使いやすさを支配する形態要素、心理的要素、生理的要素は何かを求める。その上で、老化による身体機能の低下や、性の違いによる手寸法の違いにどう対応するかの問題など、一律には求められない形態の特質を明らかにする。
2. 研究の方向性
道具の使いやすさを図る尺度として、負担(重い、軽い、痛い・・)がある、戸惑う、違和感がある、ちぐはぐ、使い勝手が悪い、わかりにくい[認知]などの言葉がある。本研究では、この言葉の全てを使いやすさを計る言葉として考慮する。ユニバーサルデザイン手法では、これまで日常的に使用ができていた道具が、老化、身体機能低下によって、使いづらくなり、違和感を覚えるようになったといい表現がー般的に使われる。そして「違和感を探る」という言葉が、ユニバ一サルデザイン商品戦略の(誘導)言語として用いられ、現商品のUD化を図っている場合が多い。この違和感という言葉には、前述の負担、戸惑い、違和感、ちぐはぐ、使い勝手、わかりやすさといった言葉のもつニュアンスが全て含みいれられて理解されているものと解釈する。本研究ではそれを「使いやすさ」として総称し、探究することにした。
3. 研究プロセス
研究プロセスは図1の通りである。
4. 蛇口の使用状況調査
蛇口の使用状況を若者と高齢者を対象に調査した。若者についての調査は、学生にアンケートを取った。高齢者については、高齢化による身体機能の低下などの問題を調べた上で、高齢者施投に行き調査した。
4.1. 学生の蛇口使用状態に閏するアンケート調査
学生は、レバータイプや自動水栓が使いやすいと感じている。高齢者と違い、新しいものに適応するのが早い若者は、スマートに操作できるものを好むようである。自宅通学と自宅外通学者では、よく使用する蛇口が異なった。自宅通学者はレバータイブ、自宅外通学者ば2ハンドルタイプをよく使用していることがわかった。自宅外通学者は、使い憤れてきたものから新しいものに蛇口使用が変わり、蛇口の使いにくさを感じるようである。また、節水に閏する意見が多く聞かれた。
今回、調査した学生は、「下げる(上げる)とジャー」のレバーや「手を出すとジャー」のセンサーで育った年代と言ってもいいかもしれない。使用用途によっては、「ひねるとジャー」というハンドルタイプより使い慣れている場合があり、使いやすいと思っているのではないかと考えられる。
4.2. 高齢者施設での使用状況諷査
高齢者施設では、トイレなど衛生面で配盧しなけれぱならない箇所は、白動水栓が主流になってきている。しかし、高齢者にば理解が難しいという問題や調節が容易にできないという問題もあった。顔を洗う、歯を磨くなどの流しでは、ハンドルタイプとレバータイプが共存していた。ハンドルタイプば高齢者には馴染んでいるが、手に力が入らない方は苦労している。また、痴呆者にはレバー方式は難解であるということがわかった。
高齢者が蛇口を使用した場合、それぞれのタイプ毎に、使いやすさに関する様々な問題が内在していることがわかった。「ひねるとジャー」のハンドルタイプのものが、高齢者には浸透している。長年、使い慣れてきたハンドルタイプの蛇口の使用が減り、弱い力でも使用できるレバータイプや自動水栓など新たな蛇口を使い分けなければならない状況下、新しいものに対応することが難しい高齢者は困惑を示している。本調査から、高齢者対応といって、自動操作のものや新しい機能をつけたものが高齢者にとってやさしいということにはならないということがわかった。また、現在もっている身体能力を低下させることなく、上手に引き出すようにすることが重要であることがわかった。
5. 蛇口設計項目の抽出と分析
KJ法による分析結果、蛇口に求める設計要求項目としてに示す大項用と中項目が抽出された。中項目で色をつけたものが、蛇口の形状。寸法に強く関わる項目である。図2には大項目のグラフを示す。これからわかるように、本研究でおこなっている、指・手への負祖にならない形状の追及は、分かりやすさ、指・手ヘの負担、イメージ性に主に関わり、総合的な使いやすさを図るための核となる探索であることがわかった。
6. タイプ別蛇口の使いやすさに関する課題の抽出
薄型ハンドルタイプ
操作力(操作にある程度、力がいる)、衛生面、水・お湯のどちらかの吐水
厚型ハンドルタイプ
操作力(操作にある程度、力がいる)、衛生面、水・お湯の2ハンドルの認識操作
レバータイプ
水量關節の微妙さ、温度調節の微妙さ、高齢者の微小発揮力の調整困難、上げ吐水・下げ吐水の混在、衝生面
オートストップ
コントロールの困難(水量ー定、吐水時間、温度)、衛生面
自動水栓
コントロールの困難(水量一定、吐水時聞、温度)、センサーの位置、センサーの感知能力
7. 本研究対象のタイプ選定とその意義
以上のことから、本研究対象のタイプ選定を行った。そこで、形状の違いで使いやすさが大きく変化すると思われる薄型ハンドルタイプと厚型ハンドルタイプを取り上げ研究対象とした。ものの使いやすさを機能的側面のみではなく、形態的側面から探究することとする。そして、使いやすいハンドルの形状の傾向を見い出す。
ハンドルタイプは長い聞、使用されており、馴染み深いものである。左に回すと吐水、右に回すと止水という操作は、多<の人が熟知している。しかし、形状については様々なものが混在し、使いやすいハンドルの形状については、特にきまったものがないのが現状である。4.5.6では、本研究にあたっての背景や問題を把握できたと共に、本研究の必要性を蛇口使用状況から見つけることができた。
8. 蛇口の形態展開
平面形態を展開し、薄型タイプ16個、厚型タイプ19個の異なる形態をもつ実寸モデルを試作した。その上で、それを10名程の被験者によって擬似的に操作してもらい、心理分析を行い、その結果を因子分析した。
9. 代表的形態の選定
囚子分析から、薄型、厚型ハンドルタイプそれぞれ代表的形態モデル3点を抽出した。
薄型タイプ
・男女ともに使いやすいと思われるモデルA
・男女ともに使いにくいと思われるモデルB
・男性が使いやすいと思われるモデルC
厚型タイプ
・男女ともに使いやすいと思われるモデルD
・男女ともに使いにくいと忠われるモデルE
10. 代表的形態モデルによる評価結果と分析
モデル使用による心理評価(主観評価、因子分析、主成分分析)、生理評価(開眼時と閉眼時の脳血流)、ビデオ映像観察、高齢者による評価を行った。評価・分析の結果は以下の表にまとめた。
11. 薄型タイプ(A,B,C)考察
11.1 因子分析
モデルAが機能、見た目、握り感が良く使いやすいモ
デルとして判断できる。
11.2 主成分分析
男性は、自然な握り感ー回し易さが全体の評価に大きく関わっている。女性は、回し易さー見た目が全体の評価に大きく関わっている。特に、見た日が意識されている。
11.3 主観評価
モデルAが使いやすいモデルとして判断できる。
11.4 脳血流
開眼時・閉眼時のモデルCの脳活動が異なる。モデルCは形状の見た目と形状の感触に影響を受ける。A、Bは形状の見た目と形状の感触にずれが少ない。
11.5 高齢者の評価
意見のばらつきがある。モデルAは平均的には良いようである。女性は、モデルBが小さくて良いようである。
11.6 ビデオ観察
操作する指は親指、人指し指、中指の3指が操作に関わる薬指は添える程度に関わっている。握り方は、蛇口をつまんで握るタイプと蛇口を覆うような感じの2つが主にみられる。特に、それに男女差があるわけではない。モデルAは他のモデルと比べ指の位置のパターンが少ない。モデルAは指が無意識に添えられる形状になっていると考えられる。これが使いやすさにつながっていると思われる。
12. 厚型タイプ(D,E,F)考察
12.1 因子分析
モデルDが使いやすいモデルとして判断できる。
12.2 主成分分析
男女ともに、指のかかり具合―見た目が全体の評価に大きく関わっている。特に、見た目が意識されている。
12.3 主観評価
モデルDが使いやすいモデルとして判断できる。また、モデルFは女性にとって使いやすいモデルとして判断できる。
12.4 脳血流
男女ともに、モデルEに対して脳活動が高くなりス卜レスを感じている。男女ともに開眼時・閉眼時のモデルの印象が変わらず、形状の見た目の影響と形状の感触にずれが少ない。
12.5 高齢者
モデルD、Fが良いようである。モデルFは角が大きいので回し易いようである。
12.6 ビデオ観察
操作する指は親指、人指し指、中指の3指が操作に閲わる。薬指は添える程度に関わっている。握り方は、蛇口をつまんで握るタイプと蛇口を覆うような感じの2つが主にみられる。特に、それに男女差があるわけではない。モデルDは指が自然に窪みに添えられることができる形状になっており、それが使いやすさにつながっていると思われる。モデルFは、3つの鍵となる指の置き場が曖昧になっているので、使いやすさにはつながっていない。
13. 結論
(1)これまでの、実験・検証で使いやすい蛇口の形態を見い出すことができた。
(2)形態を探求することは、使いやすさをはかる中心的課題である。
(3)操作する指は、親指、人差し指、中指の3指が操作に主に関わっている。そして、凸凹部のどこに指を添えて良いかは、窪みの量が大きく、3以上の凹部があるものが使いやすさにつながっている。
(4)薄型タイプは、一般的に使われている三角形状より四角形状が使いやすい。
(5)厚型タイプは、厚型タイプは指が窪みにはいりやすい窪み数が多い六角形状が窪み数が少ない三角形状より使いやすい。
(6)握った感じのまろやかさをもつことで、心理面において男女差が出ている。女性は男性に比べ、様々な指の添え方を示していることから、その差が推測できる。すなわち、機能より、気持ちのよい形態を重視している。男性はその点、限られた添え方で働かせようとする傾向が見られ、機能的に操作できるものを好む。
(7)今回行った、開眼時・閉眼時の心理評価と脳血流計測による生理評価、それにビデオによる動作観察評価とを組み合わせた検証方法は、形態の在り方を探る上で有効である。
(8)本研究は、蛇口以外の生活用具の使い易さを図る上でのその基本となるデザイン研究手法の手がかりとなったと思われる。
参考文献
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