鍛金技法による造形表現の研究と制作―耐候性鋼を用いて―
萩原 陵
1.背景
近年、機械工業技術の発達により、多くの生活用品が社会に送り出されている。産業革命以降、モノ作りは手作業から機械による生産ヘと移行し、均質な工業製品が大量生産により安価に消費者に提供されるようになった。その結果、私たちの生活はあらゆる面で効率性や経済性が向上した。モノの形状も工業製品ならではの、生産性の優れた直線的な形、合理化された形に変化した。しかし、このような大産された画一的な製品は、モノとしてのアイデンティティを失い、やがて使い捨て中心の大量消費、大量廃棄を引き起こしている。また機械産業の対極にある手仕事による工芸も、職人の減少、効率性の問題により、衰退の一途をたどっている。
かつての自給自足の社会では、日常生活に必要な道具や器から、衣服、住まいまですべて自然の素材で作られていた。人間は自然の形が持つ機能と力を利用して生きてきた。そして現代、目まぐるしく変わる流行と商品のモデルチェンジは、大量消費時代の産物として、人々に使い捨て文化を植え付けた。こうした物質文明の飽食の習慣は、同時に限られた資源の浪費と涸渇を引き起こし、自然環境破壊という負の財産を生み出した。
われわれの日常をとりまく人工的な形には幾何学的形態が多い。人工形態のほとんどは、工作機械で加工し、大量複製品という近代工業社会の所産であるために、必然的にこのような形となってしまった。現代人は機械の作り出す無数の人工美に囲まれ生活しているが、一方では自然の作り出した山、森の景観や自然現象の、息を飲むような美しさにも感動を覚える。
2. 研究目的
本研究では耐候性鋼を使用し、その成形方法として、鍛金の技法を用い独自の技法を加味して、自然の造形物をモチーフとした金属の造形作品を制作することを目的とする。
2.1. 成形方法と金工技法
金属工芸の技法には主に鍛金・鋳金・彫金の3分野があるが、そのなかでも本研究のテーマである鍛金には打ち出し(鎚起)・絞り・鍛造の技法がある。鎚起・絞りとも同様に金属の展延性を利用した加工方法である。鎚起とは金属板の表裏より鎚によって打ち起こしながら成形する技法で、絞りとは日本独自の鍛金技術といわれており、鎚起技法とは反対に板材を絞り込む技法である。また鍛造とは、金属のムクの棒材や塊を火で高温に加熱し打ち延べ、打曲げ、据え込んで成形することである。本研究では鎚起、絞りの技法を用いる。これらの技法のうち鎚起・絞りの技法を応用した機械加工技術がプレス加工、スピニング加工である。量産性に優れるが、プレス加工においては、製作物に対する材料の伸び幅の値が大きすぎると母材が破断してしまい、スピニング加工においては同心円状の加工しかできないなどの生産物の制限がある。その点、手作業による鎚起絞りの技法には、鎚によって自由に面の操作が可能であるため三次曲面で構成された非常に複雑な造形が可能になる。
2.2. 使用材料
一般的に鍛金に使用する金属は展延性が高く腐食に強い金・銀・銅・錫などを使用するが本研究では耐候性鋼を使用する。耐候性鋼とは、鋼材腐食量が普通鋼より小さい性質を持ち、初期錆が保護膜となって表面にきめ細かい酸化皮膜(錆)を形成し、それ以上母材の腐食を妨げる性質を持っている鋼材である。主に造船、橋脚などの水分量の多い場所での建造物に使用されている。
2.3. 耐候性鋼を用いた成形方法
耐候性鋼は延性が普通鋼よりも低いため機械加工の制限があり、造形しにくい材料である。手仕事においても相当な労力が必要になる。本来、展延性が高い銅板などの鎚起、絞りの技法では、一枚の板状のものから造形物を製作するのだが、この鋼材は一般的な金属の中で展延性が低いためパーツに合わせてある程度の大きさに切り出し一枚ずつ鎚起を行い、酸素溶接で接合したのち絞りによって成形する独自の方法で制作する。
2.3. 表現手法
作品にはすべて耐候性鋼を使用し錆付けを行なう。近年まで鋼材の錆は、視覚的に見た目が悪く汚いといったマイナスイメージが強く敬遠されていた。しかし現在ではあえて錆出しを行い、建築物の外壁などにも使用されている。造形物に錆付けを行なうことにより、焼きものの景色のように表情豊かな質感を出す。古来より茶褐色の錆色を刀剣の鋼や甲冑などの武具の着色、装飾などに利用してきた。このことから日本人の感性、美意識に根付いているものと考えられる。そのため基本的に錆に対する表面処理は行わない。
形状として、できるだけ直線は排除し曲面で構成する。従来直線的であった金属に、曲線を使って自然界のモチーフを表現することで、堅い冷たい印象の金属を柔らかな曲線、有機的な形を作り出し演出する。
3. 制作プロセス
(1)デッサンとマケッ卜による検討
形、寸法などを把握するため、マケットを石膏で制作した。それをもとに鉄筋等で実寸の治具を製作し、フォルムを決める。
(2)鍛金作業および溶接作業
耐候性鋼を約150mm四方に切り出し、そのボリュームに合わせながら打ち出す(図1)。ただし曲げが強いときなどは、それに合わせて鉄板を小さくし対応させる。治具に合わせながら、打ち出しした鉄板を溶接する。溶接後、熱による歪みを鎚によって修正する。このとき、鎚だけでの修正は面の操作が難しいため、図2のようにドーリー(当て盤)を一方の手に持ち、打ち出す。
(3)表面処理
成形後、均一な錆を出すため、鋼材の生産時に
付けられる酸化皮膜や、溶接時に付着するスパッタなどを取り除き、錆び出しを行なう。
4.作品内容
私が制作する作品のモチーフは一貫して石である。日本庭園における石の重要性から、日本人の石ヘの思い入れは強い。石は様々に人々の心をとらえてきた。自然の中でその存在は力強く、永遠性を感じさせる。その石を、現在までの文明を支えてきた鉄に置き換え、永遠性と錆びた鉄の持つ空虚感、無常観、またいつかは朽ちてしまうという有限性との対比を表現する。
5. 考察
本研究では技法中心に制作を行なってきた。耐候性鋼を成形するにあたって、従来の鍛金技法では、鋼材の延性が低いため鍛金では用いない技法、道具を利用し独自の方法で制作を行なった。その結果、耐候性鋼における造形手法をある程度確立できたと考える。
作品については、造形手法の確立とともに、自分のイメージするものに近づけることができるようになった。また、空間を演出するという面では作品の展示回数が少なく、十分に考察を行なうことができなかった。
最後に
制作にあたって、支援して頂いた先生方、公益信託岩井久雄記念奨学基金様、心からの感謝の気持ちの念を表して、謝辞とさせて頂きます。
注1)スピニング、別名へら絞り。求める形状と同形状の金型に丸切りした金属素材を押物で固定し、回転をさせながらローラーを押し当てて塑性変形させ、徐々に金型に近づけて成形する加工方法
注2)Cor-Ten Steel(耐候性鋼板)基本成分は、Fe-Cu-Cr-Ni-P、又はFe-Cu-Cr-Niである
注3)溶接時に付着するガラス質の皮膜
参考文献
鍛金の実際:山下恒雄・石川充弘・安藤泉
美術出版社 1978
金工の伝統技法:香取正彦・井尾敏雄・井伏圭介
理工学社 1978
金工の着色技法:長野裕・井尾建二
理工学仕 1978
鉄理論=地球と生命の奇跡:矢田浩
講談社 2005