新ゆりあげアクロボリス構想 生産と暮らしの再生を目指した拠点施設計画 〜名取市閑上地区を事例として〜New YURIAGE acropolis plan Base facilities plan to aim at reproduction and Living 〜The Natori city Yuriage district as a case〜
森 祐太
1. 研究の背景と目的
東日本の広域で甚大な被善をもたらした平成23年東北地方太平洋沖地震(以後、東日本大震災)。
宮城県名取市東部の閑上地区も深刻な被害を受けた。閑上地区は太平洋に面し、仙台平野に属している。海岸から起伏のない大地が広がっているため、 今後発生の恐れのある余震、 関東・東海圏の大地震において、近い将来に同様な被害が発生しかねない。そのため平野海岸部の復興は後の先進事例と成りうるものであると推測される。住民と行政の問で積極的な話し合いの場が持たれたが意見の食い違いと時聞を追うごとに要望の変化が見れれたため相互の合致されているか不明な部分を残したまま現在に至っている。
そこで、今後の閑上地区周辺や名取市のまちづくりにおいて、どのような対策が考えられるのか。名取市の各主要会議と住民意見交換会で出された住民意見や名取市行政の意見内容とその変遷を分析しこれまでの課題、震災後の課題、将来の課題を抽出し、現段階で考えられる可能性を独自の提案とし、並びに名取市の震災直後の動きの一部を記録を目的とする。
2. 研究方法
震災発生から1年2か月の間は、住民、行政、有識者等から様々なアイデアと要望等が両者の中で積極的に意見交換をされていた。だが、その後、名取市復興まちづくりに関する話し合いの場の機会が極端に減少し、現在では進行状況の不透明さが否めないのが見受けられる。
そこで、積極的な意見交換が行われてきた期間の意見・要望を中心に調査・分析を行った。 住民、行政の両者から共通課題と主要となる課題抽出を図った。
その後に両者から提出された復興計画案と被災地の再建状況を照らし合わせを行い、 現在必要なもの、 将来に必要なものを構想として創出し、復興モデルとして提案を図る。
3. 名取市閑上の問題
3.1. 津波への認識
東日本大震災以前、津波が発生した時の具体的な避難対策は万全に施されていなかった可能性が指摘されている。同時に津波発生時の情報の錯誤により、迅速な判断と行動が乱れていたとの意見も多く闔かれた。この度の津波では、その認識の違いにより大勢の住民等が逃げ遅れてしまったと分析できた。
3.2. 避難所 (高台) と呼べたもの
閖上地区は、太平洋に面した仙台平野に属している。起伏のない大地が続くため、自然の高台は存在しない。
この地区周辺で高台となる避難所は閖上小・中学校、仙台東部道路、鉄筋構造物、歩道橋のみであった。そのため、避難誘導の混乱、渋滞を発生させる原因の1つとなった。
3.3.逃げ方
東日本大震災発生以前の防災中央審議会において、津波避難の際に車を使用するのは禁止という方針だった。だが、閑上地区周辺の幹線道路(五差路付近)では、津波から避難する多数の車によって渋滞が引き起こされ、その多くは津波に巻き込まれてしまった。
しかし、6割の生存者が車で避難をしたという事実がある。この東日本大震災において、車による津波避難を「禁止」から「原則禁止」の方針に変更した。高齢者、歩行困難者等が車で避難するしか方法がない場合は使ってもよいとされた。
中央防災会議専門調査会においては、津波からの避難方法を、現行の「原則自動車禁止」から「原則徒歩」に変更する方針を固めた。
4. 閑上地区の状況
現在の閑上では、流出を免れたものの住宅の損害が激しいもの、リフォームで居住可能なものに別れ、大半の住民が閑上を去っていった。
名取市によると、閑上の人口、6082人(平成23年3月末)から3025人(平成24年12月末)、約2年間で50.3%の住民が閑上を離れていったことがわかる。
現在、 住宅の現地再建が行われている残存建物エリアには津波等の対策は施されていない。
5. 名取市の動き
これまで、名取市行政が主体となり名取市新たな未来会議、震災復興100人会議、市民向説明会、「名取市震災復興計画」策定のための地域懇談会、閑上地区の復興まちづくりに関する都市計画(案)説明会、閑上地区土地区画整理事業の地域別説明会、閑上まちづくり推進委員会が行われた。10月13日に名取市震災復興計画を公表した前後において、主要となる会議(名取市新たな未来会議{名取市全体}、閑上まちづくり推進委員会{閑上地区を中心})がまちづくりの方針が一部異なることを見受けられたため、そのため、名取市震災復興計画を公表前後で、前者を期間を第1会期、後者を第2会期と名付けた。
6. 行政と住民との議論の観察と分析
第1会期、第2会期で提出された意見、要望、報告をもとに行政会議、市民会議での議論の内容を課題抽出方法(KJ法)を適応させ、主要課題の図解化し、更に各会議と議題を時聞軸で追い、分析を行った。
各主要会議の議題グループパターンを統計した結果、課題を名取市新たな未来会議、閑上復興まちづくり推進協議会で各8項且に細分化することにより、会議全体の流れと変遷を把握することができた。
だが、この2つの主要会議では生産的な会議運営がされておらず、会議が紛糾し、議題が複数回繰り返されては振り出しに戻る現象が起きている(ex,現地再建案、集団移転案等)。そのため各会議を時間軸の変遷で見た場合、とても歪な関係性を示している。
会議の結果として、未来会議では1つの提言書にまとめられたが、全会一致の意見ではないこと判断できた。引き継がれた閑上復興まちづくり推進協議会においても同様な繰り返しの現象が見られた。
7. 住民の意見
行政で行われている会議とは独立した住民主導の復興まちづくり団体が各地で発足された。各団体から独自の復興計画が合計4つの提案があった。
住宅基盤嵩上げ型、産業展開型の2つに分類できた。特に、津波に対しては高さで対処する方針が目立っている。産業については、既存産業に加え、新規事業の誘致(再生エネルギー、先端技術、バイオマス、観光業)
共通して、震災の記憶を伝承する場の整備の提案があった。
●住宅基盤嵩上げ型の特徴
・住宅基盤高: 5m〜7m
・産業: 既存(農業、水産{加工}業) 新規(観光業、レジャー事業を中心)など
●産業展開型の特徴
・産業: 農業の大規模化(ブランド化、複合型農園)、水産業の再興、先端技術産業の誘致など
・貞山運河を利用した観光事業の展開など
*産業、生活の拠点を数箇所に集中
*鎮魂の場の整備
8. 復興計画の方針
閑上地区の復興に向けた名取市の基本方針として、「現地再建」が採択された。だが、復興計画の対象エリアとされる場所は主に県道塩釜亘理線より東部(図8)に置かれている。この一帯は甚大な被害を受けた場所であり、早期に再建事業を施さない限り、まちの衰退が加速される。
それでは現在、住民が独自で再建を進めていた県道塩釜亘理線より西部にはどのような対策が取られるのだろうか。
津波の抑制に陸の堤防として津波の浸水を弱めた仙台東部道路の防災的、産業的な高度利用はこれまでの会議で多く問われた。そして、この西部には平均で浸水深が約1.2mとされ、流出した住宅もあるが再建中の住宅も多い。復興計画内には西部の土地利用に関する方針(圃場整備)が打ち出されているが、具体的な事業構想(東部は閑上まちづくり推進協議会が検討中、住宅基盤窩上げ事業が進行中{海抜5mの嵩上})は東部に比べて西部は進んでいないのが現状であり、具体的な構想展開までにはいたっていない。
9. 構想展開
9.1. コンセプト
閑上は壊滅的な被害を受けた、周辺地域は生産と暮らしの場を失いかけている。津波に対して高台となる避難所の少なさと周知されていない事実。そして、これまで津波の同様な被害は過去2000年の聞に8回存在したこと。これは文献上に記録されているものだが、目に見える対策は取られていなかったこと。伝承されるべき歴史と知恵が活かされていなかった。
そこで、着目したのが古代ギリシア時代のアクロポリスと日本に各地に残る古墳の存在である。
アクロポリスは、紀元前600年ほど前に誕生し、小高い丘の上にまちの中枢を担う機能を配し同時に外敵からの防御の役割を果たした。古墳は、古の墓として豪族や天皇の偉業や権力などを後世に伝えている。
この両者に通じるものは、約2000年の時が過ぎてもそのまちの象徴として存在し、この閑上地区一帯に必要とされる機能が盛り込まれていることである。
この3つの要素をメインコンセプトとして構想の展開する。
9.2. 対象地
これまでの調査から3つを基本条件とした。
①現在確認されている居住区域を対象とすること。
②仙台東部道路の高度利用が見込めること。
③高齢者が歩行でも避難できる距離や仕組みであること。
そして、現居住区域の基点から避難時に1.5km移動可能であれば大半の住民が仙台東部道路陸に移動ができる点において各基点から1.5km圏内であることを最終選定基本条件とした。
結果、この地点は、閑上近辺の居住区域から高齢者が約30分以内で移動可能であることから、対象地図上の「☆」印地点が対象地として導き出された(図10)。
この対象地を新ゆりあげアクロポリス構想の拠点対象地とする。
9.2. デザイン条件
9.2.1 施設構成の概要
①サービスエリア
仙台東部道路初のサービスエリアを整備。従来の利用法に加え、一般道からの利用の手法を落とし込み、開放的な利用を促す。地元企業や農園との連動による食品開発企画。また、NEXCO東日本の全国ネットワークを利用した流通、復興産業開発の促進拠点として運営を目指す。 ・お食事処、物産販売ブース、休憩室など。
②交流会館 (避難所+公民館+資料館+祭事)
「休憩機能」、「情報発信機能」、地域の町同士が連携する「地域の連携機能」3つの機能を併せ持ち、共同利用スペースを複数設けることにより、利用者同士の価値観の共有と創造、文化と産業ヘの貢献を目指す。
・交流教室(工芸、料理、生花、農機具講習、防災知識講習、生涯学習、スロースポーツなど多岐の利用)、共同菜園、新生ゆりあげ朝市など。
③復興会館(閑上区役所、震災の歴史と軌跡の資料館)
長期にわたる閑上の現地再建(復興支援やまちづくりの開発)が行われるため、閑上を1つの行政区として確立させ、閑上地域特有の事業と事務手続き等が行われる行政出張所の整備し、名取市災害対策室を設置し、学術機関と連動調査を主導し、津波への対策や避難時の行動分析、被災後の対策マニュアルの作成といったこれまでになかった非常時対策の構成に務める。
9.2.2. 敷地構成の概要
①6.0mの高台
造成するための土量にがれきを代替度量として運用する。
②三方向から登れる斜面
高台への勾配は1/12勾配以下の斜面で構成し、なだらかな斜面とする。
③斜面の活用(共同菜園など)
斜面を斜路のみとしてではなく、1部を生産の場として野菜等の生産などを繰り込む。
④居久根の活用
風雪対策や温度調節などの効果から高樹高針葉樹(杉など)を北西方面に植栽を施す。
⑤生産の回廊の整備
高台の休憩スペースとして回廊を整備する。 朝一の会場などとしての利用を見込む。
⑤鎮魂の場(中央広場)の整備
犠牲者への弔いを込めた場の整備。また、イベントや仮設施設の整備を可能とする。
10. 新ゆりあげアクロボリス(提案)
10.1. 三日月の杜(交流と流通)
サービスエリア、交流会館、復興会館を主要素とし、加えて展望会館、ヘリポートを整備。商業施設と公共施設を兼ね合わせた構成としている。
10.2. 生命の台地(生産と高さ)
・東・南の丘、中央広場で構成される。丘では農耕などの生産、中央広場ではゆりあげ朝市など、周囲を木々が囲い自然と活気があふれる台地となる。
11. 考察と結言
①住民には柔軟な考えを、行政には柔軟な対応を、多彩な知恵を世界から求める。
住民団体が提出した計画案、名取市の計画案には共に復興ヘのアイデアや根拠から提案が述べられていたが、その後の発展が見られなかった。そこで、本研究では双方の計画案と要望を汲み取った形で構想を展開した。結果、1つの公共施設として構築した。これは両計画内にはまだ考えられていない避難所と公共施設、商業施設を融合したものである。この施設では、行政管理と商業管理の共存を図り、総合的な復興中枢拠点としての可能性を見い出すことができた。
②既存住民を中心に津波対策やまちづくりを。
本研究において、住民が独自再建が行われているエリアが今後の閑上地区のまちづくりの核となることが結論づけられた。これは内陸周辺の中心街と閑上地区との接続中継点として発展の可能性が含まれている。
12. 今後の課題
①周辺環境の変化への対応と住宅整備について。
長期的な復興計画の中で、住民の考えの変化、新たなアイデアや法整備から時聞を追うごとに柔軟な対応から復興計画に反映されることが今後求められる。
②施設運営の手法と災害時避難計画の構築。
具体的に施設運営のための事業計画の構築、災害時の施設運用の在り方の構築に周辺住民や企業、学校などを含め総合的な活用の展開が求められる。
参考文献
名取市震災復興計画、 名戴市新たな未来会議資料、閑上復興まちづくり推進協議会資料、内閣府中央防災会議防災対策推進検討会議津波避難対策検討ワーキンググル一プ資料