コミュニティの継統的な活性化を支援するWebアプリケーションの開発Development of web application for supporting continual activation of community
諏訪 悠紀
1. 背景と目的
1.1. 背景-コミュニティの支援における課題
デザインの視点からコミュニティの活性化を支援する活動はさまざま行われている。
しかし、そのような活動によってー時的に活性化はされるものの、長期的に見た場合、コミュニティの活力は時間経過とともに徐々に低下してしまい、いずれは支援する以前こ戻ってしまうケースがよくある。
このことから、コミュニティをメンバーにとって価値のあるものにしていくためにはコミュニティを「継続的な活性化」という観点から支援することが必要である。
1.2. 実践コミュニティの育成の可能性
実践コミュニティとは、あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団のことであると、エティエンヌ・ウェンガーらが著書「コミュニティ・オブ・プラクティス」の中で述べている。
実践コミュニティをコミュニティ内で育成することによって、各メンバーの潜在的な興味・関心から活力を引き出し、コミュニティに参加するための原動力にすることができる。また、メンバー同士の持続的な交流を促進することができ、コミュニティの活動を引き起こすことができる。以上のことから、コミュニティの内部で実践コミュニティを育成することによって、コミュニティの継続的な活性化を見込めると考えられる。
1.3. Webアプリケーションによる支援
コミュニティにおいて、メンバー間の交流は活性化の面で重要な意味を持っている。その点でWebアプリケーションのようなツールは、さまざまな情報を柔軟に表現できたり、情報を容易に受信・発進できることからメンバー間の交流に優れた点を数多く持ち合わせているといえ、コミュニティの継続的な活性化を支援する上で適切な手段であると考えた。
1.4. 目的
本研究では、特に実践コミュニティの育成と活用の支援を重要視したWebアプリケーションの開発・検証を通して、Webアプリケーションではコミュニティの継続的な活性化のためにどのような支援が必要か探った。
2. 研究方法
本研究では、以下の手順でコミュニティの継続的な活性化を支援するWebアプリケーションに求められる要件を探った。
①コミュニティの継続的な活性化を支援するWebアプリケーションに求められる要件の抽出
②Webアプリケーションのデザインと開発、検証実験
③Webアプリケーションの追加補助機能のデザインと開発、検証実験
3. コミュニティの継続的な活性化を支援するWebアプリケーションに求められる要件
3.1. コミュニティの継続的な活性化を支援するWebアプリケーションに求められる要件の抽出のために行ったこと
本研究では、まず一般的なコミュニティの構造のモデル化を行った。そこからコミュニティのあるべき姿を抽出し、コミュニティの継続的な活性化を支援するWebアプリケーションに求められる要件を抽出した。
3.2. 一般的なコミュニティ構造
「コミュニティ・オブ・プラクティス」の中では、コミュニティへの参加には通常、3つのレべルがあり、参加の度合い(図1)によって4つのグループに分けられると述べられている。以下に、それぞれのグループの特性について「コミュニティ・オブ・プラクティス」で述べられている内容を一部変更しまとめた。
・コア・グループ: コミュニティの活動に積極的に参加する。
・アクティブ・グループ: コミュニティの活動に時折参加する。コア・グループほど規則正しく熱心に参加はしない。
・周辺グループ: コミュニティの活動にめったに参加しない。傍観者に徹し、コア・グルーブやアクティブ・グループに属するメンバーたちの交流を見守っている。
・アウトサイダー(外部): コミュニティのメンバーではないが、コミュニティに関心を持っている。
3.3. コミュニティのあるべき姿
3.3.1. 活発に行われるメンバ一間の交流
優れたコミュニティは、コミュニティの活動において、参加しているメンバーの多くがその活動に熱意を持ち、積極的に参加している。また、活動の中で問題が発生すると、その問題を解決するためにメンバー同士で協力し合いながら目標の達成を目指している。
3.3.2. コ一ディネ一タ一の存在
優れたコミュニティには、コミュニティの運営や管理を担うメンバ一が存在し、メンバー同士を結びつけたり、コミュニティ活動を適切に支援している。
3.3.3. 参加形態の選択に自由度がある
優れたコミュニティでは、各メンバーが参加形態をコミュニティ活動が進むにつれて流動的に選択できるように、参加レべルの変化を許容している。参加レべルを上げてコア・メンバーに加わることを歓迎し、またコミュニティの中心部から外れるときのベンチを用意して、メンバーそれぞれの参加形態に対する要望に柔軟に対応する(図2)。
3.4.コミュニティをあるべき姿に導く上での障害
3.4.1. 参加形態を流動的に選沢する上での障害-参加レべルを向上させる機会の欠如
コミュニティのメンバーにとって理想的なコミュニティとは、コミュニティへの参加形態を流動的に選択できるように設計されたコミュニティである。そのためには、現在のコミュニティへの参加レベルが低い状態のメンバーが、コア・メンバーのようにコミュニティ活動に積極的に参加するという行為には、さまざまなことが障害として考えられ、コミュニティの活動ヘの参加レべルを高めたいと思うメンバーが、コミュニティの活動ヘより積極的に参加するための機会を得ることは極めて困難になっている。
3.4.2. 暗黙的に行われる非公式なメンバー間の交流
コミュニティ内のメンバー間の交流は、暗黙的に行われている場合が多い。そして、非公式なメンバー間の交流を通じて得られる成果は、コミュニティへの正式なフィードバックはされていない場合がほとんどである。そのような場合、他のメンバ-が非公式なメンバー間の交流を認知することは困難であり、新たに交流に参加することの障害として考え
られる。
3.5. コミュニティの継続的な活性化を支援するWebアプリケーションに求められる要件
3.5.1. 情報交流を行うためのツ一ル
メンバーがコミュニティヘの参加レベルを高める上での障害は、メンバー間の交流が暗黙的に行われ、コミュニティを理解する機会を得られないことである。情報交流を行うツ一ルによってメンバー間の交流を認知できるようにすることで、コミュニティへの参加レべルを高める機会を作ることができると考えた。
3.5.2.非対面時の交流を支援するツ一ル
対面で行われる交流は時間的な制約があり、その中でメンバー間の交流を十分に行うことは困難である。一方、非対面で行われる交流は、対面で行われる交流より時間的制約がなく、また自分の好きなタイミングで、非同期的に交流することができる。このことから非対面時の交流の支援は有効的な手段であると考えた。
4. コミュニティの継続的な活性化を支援するWebアプリケーションの開発と検証
4.1. はじめに
本研究では以下のような手順でWebアプリケーションのデザインと開発を進めた。
①開発1ーWebアプリケーションの基礎機能のデザイン・開発
②検証1ーWebアプリケーションの有用性の検証
③開発2ー補助機能のデザイン・開発
④検証2ー補助機能の有効性の検証
4.2. 開発1ー非対面的議論支援アプリケーション「Diverge」の開発
4.2.1. 開発の背景と目的
議論を活発に行うことは、そのコミュニティの活動の質を高める上で重要なコミュニティ活動である。しかしそのような議論を対面で行う場合、時間的制約により十分に議論が発展できない問題や、コア・メンバー以外のメンバーが発言しづらい問題など、さまざまな問題を抱えていることが多い。そのような問題がある場合、メールや電話などの非対面的なツールを使って解決しようとするケースがよくあるが、多くの場合、議論の場としては適していないと考えられる。
以上のことから、コミュニティの継続的な活性化を支援するWebアプリケーションとして非対面的な議論を支援するアプリケーション「Diverge(ディバージュ)」を開発した。
4.2.2. Divergeの基本機能
Divergeは情報の表現に付箋紙を、また情報を貼り付ける場所にホワイトボードをメタファとした。文字や画像などの情報を自由にドラッグアンドドロップできるようにすることで、空間的に配置できるようにすることができ、情報同士の関係性を柔軟に表現することができる(図3)。
4.3. 検証1ーWebアプリケーションの有用性の検証
4.3.1. 検証の目的
Divergeがコミュニティの継続的な活性化の支援に役立つか、Webアプリケーションの有用性を目的とした検証を行った。検証項目は以下の3点である。
・Divergeを利用して非対面的議論を展開できるか
・非対面時の交流で得られた成果をコミュニティ活動に活かすことができるか
・Divergeの仕様と概念は分かりやすく、使いやすいか
4.3.2. 検証の対象
InfoDWebApplication開発プロジェクトメンバー8名と、Divergeに興味のある学生2名の計10名(うち2名は途中参加)を被験者とし、Divergeを利用してもらった。
4.3.3. 実施内容
ビデオ鑑賞会をというイべントを企画し、鑑賞する作品や開催する会場の選定、その他イべントに関わる事項の決定について、Divergeを利用して議論・意見交換を8日間かけて行った。
4.3.4. 検証方法
・検証終了後のフォーカス・グル一プの実施
・検証終了後のアンケートの実施
・被験者が情報を発信した際の操作記録のデータの集計
・議論の経過の記録
4.3.5. 検証結果
・議論を展開することができた
・議論の内容を実際の活動に活かすことができた
・Divergeの仕様と概念は分かりやすかった
・議論の流れを追うことが困難だった
・一部で他の情報交流の手段が利用された
・メンバーによって情報発信の頻度は異なった
4.4. 考察1ーWebアプリケーションの有用性の検証結果の考察
4.4.1. Divergeを利用した非対面的議論の有効性
Divergeの利用を通して、議論を展開していく中でメンバー間の新たな交流を生み出し、また発展させることができることがわかった。このことから、コミュニティ内で実践コミュニティを育成するために、非対面的な交流の支援を行うことは有効的であると言える。
4.4.2. 非対面的な交流の成果の有効性
Divergeを利用することで、コミュニティ内の多くのメンバーが実践コミュニティを認知できるようになり、その実践コミュニティで行われた活動の成果を実際のコミュニティ活動の中で活用できることがわかった。このことから、コミュニティ活動の中で実践コミュニティを活用するために、実践コミュニティを認知できるようにすることは有効であるといえる。
4.4.3. DivergeのWebアプリケーションとしての使いやすさ
Divergeの使いやすさに関しては、多くの被験者から障害を感じずに使用することができたという意見を聞くことができた。また、空間的な情報の配置によって情報同士の開係性を理解しつつ、さまざまな意見を広げながら議論を進めていくことができていることがわかった。
4.4.4. 新たな課題ー情報交流への参加のしきいの高さ
議論が進んでいくにつれ、議論の流れを把握することが困難になってしまっている点は重大な障害であると考えられる。また、このような問題が、途中参加することとなったメンバーにとっての障害になっていると言える。またこのことが、途中参加を妨げている要因として考えられるのである。
このことから、メンバー同士の情報交流が進んでいくにつれ、他のメンバーが途中から参加する「しきい」が高くなってしまっていると考えられる。
現状のDivergeの主機能であるフセンやテーマフセンを使って途中参加するためには、そのコミュニティ活動の経緯(議論の流れ)を知らなければならない。そのため、参加(発言)に対するエネルギー(コス卜)が高くなってしまっている点が「しきいの高さ」となっていると考えられる。
メンバーがコミュニティヘの参加レべルを高めるためには、メンバー間の交流を行うためのさまざなな手段を用意することで参加に対するしきいの高さを段階化し、コミュニティ活動に徐々に参与できるように支援することが必要であると考えられる(図4)。
以上のことから、コミュニティ活動ヘ参加する支援として、発言などに対するしきいを低減化することができるしくみが必要であり、そのような支援をWebアプリケーションで行える見込みがあると考えられる。
4.5. 開発2ー情報交流への参加のしきいを低減化する補助機能の開発
4.4節で述べた点をもとに、Divergeに追加する機能のデザイン・開発、また4.3節で行われた検証で得られた要求を元に一部デザイン・仕様の変更を行った。以下に、新たに追加した補助機能3点の目的と機能について、それぞれ述べる。
4.5.1. 意思表明の簡易化
(a)目的
議論上で発言を行うことは、適切な意見を考え出さなけれぱならないことから、発言することに対するエネルギー(コスト)がかかる行為であると考えられる。メンバーが議論に気軽に参加できるようにするためには、他者の発言に対する賛同の意思表明などのような、考え出すエネルギーを比較的必要としない情報を、より簡易的に発信できるしくみが必要である。
(b)機能ー「同意機能」
賛同できる発言に対して賛同の意思表明(同意)を行うための機能(図5)。賛同できる意見に対してワンクリックで同意マークを付けることができる。また、別なメンバーが既に同意してあるものには追加で同意することができ、同意した人数は同意のマーク上に表示される。
4.5.2. 活動の経緯の理解の支援
(a)目的
コミュニティの理解度(コミュニティの通例やメンバー間の関係性などの理解度)が未熟なメンバーにとって、コミュニティ活動が進んでいる中で質問をすることはしきいが非常に高い行為であると考えられる。このことから、他のメンバーへの意見や質問などのような情報発信を気軽に行えるようなしくみが必要である。
(b)機能ー「質問機能」
議論の途中から参加したメンバーが、活動内容に対する疑問や不明点などの情報を発進することができる機能(図6)。質問を受け答えする情報は全体の空間にはアイコンとして表示されるため、会話の流れを崩さずに質問することができる。
4.5.3. 情報の差別化
(a)目的
議論が進むにつれ情報量が多くなり、議論の流れを追うことが困難になっている。そのため、議論の流れを追いやすくするための支援が必要である。
(b)機能ー「新着情報表示機能」
新しいフセンやテーマフセンがあった場合、その情報に新着のマークが表示される機能(図7)。
4.6. 検証2一追加した補助機能の有用性の検証
4.6.1. 検証の目的
・新たに追加した各機能が、情報交流のしきいを低減化できているか知る
・情報交流のしきいを下げることによって、メンバーのコミュニティの参伽ヘの活力が向上したか明らかにする
4.6.2. 検証の対象
本検証では、東北工業大学クリエイティプデザイン学科エクスペリエンスデザインコ一スの両角研究室の3年生の8名のグル一プを対象とした。対象のメンバーは、八木山動物公園と地域コミュニティをつなぐWebコミュニティサイトのデザイン開発を進めている。
4.6.3. 実施内容
DivergeをWebサイトのデザインや仕様を検討する場として、約ーヶ月間利用してもらった。
4.6.4. 検証方法
・検証終了後のフォーカス・グループの実施
・被験者が情報を発信した際の操作記録のデータの集計
・議論の経過の記録
4.6.5. 検証結果
・一部では情報発信のしきいを下げることができた
・新着情報磯能によって情報を差別化することができた
・結論に至った話題を整理する必要性が生じた
・一部のメンバーがWebアプリケ一ション上でリーダーシップを取ることができた
・特定のメンバーに質問することに気後れがあった
4.7. 考察2ー追加した補助機能の有用性の検証結果の考察
4.7.1. 意思表明の簡易化
同意機能によって、一部ではメンバーが意思表明を気軽に行えるようになった。またこのようにして賛同意見を表明することにより、賛同された側のメンバ一はモチべーションが高まり、コミュニティ活動への活力も高まると予測される。このことから、賛同の意思表明のようなエネルギーを要しない情報発信を機能によって簡易的にすることで、メンバーにとって参加するとへの支援が二つの面(発信、受信)から行えることが分かった。
4.7.2. 活動の経緯の理解の支援
今回追加した質問機能にような一対一の対話型は、質問を行うメンバーにとって、回答してくれるメンバーに対して「エネルギーを使わせてしまっている」という感覚が強いため、コミュニティ活動の理解への適切な支援方法ではないといえる。また、コミュニティ活動への理解を深めるためには、気軽に質問が行えるよう複数人と対話できるような仕様と表現が必要であると考えられる。
4.7.3. 情報の差別化
検証結果から、新着情報表示離能によって、通常の情報と比較的新しい情報との差別化をすることができたことから、現在話し合われている内容へアクセスすることが容易になったと言える。
しかし、最新の情報を閲覧するだけではなく、結論に至った話題と現在進行している話題との差別化をする必要性があることがわかった。
4.7.4. リーダーシップをとるための支援を行える可能性
検証から、実際のコミュニティ活動では発言の頻度が低いメンバーが、Webアプリケーションの利用を通して、リーダーシップをとることができていることを示すことができた。このことから、Webアプリケーションには、リーダーシップのような運営や管理に非常に近い役割に関与する支援を行うことができる可能性があると言える。
5. 結論
5.1. 本研究の成果
本研究の成果をコミュニティの継統的な活性化を支援するWebアプリケーションに求められる要件としてまとめると以下の通りである。
1) 暗黙的に行われていたメンバー間の交流を可視化し、コミュニティ内のメンバー間の関係性やコミュニティの実態を理解するためのしくみをつくること
2) 情報発信のしきいを低減化できるようなしくみをつくること
以上の2点を注視して支援することよって、各メンバーがコミュニティヘの参加レべルを徐々に高めていくことができるようになり、継続的な活性化の鍵となる運営・管理という役割をコミュニティ全体で協力し合いながら実現することの支援が行えるようになると言える。
5.2. 今後の課題
今後は、コミュニティのメンバーが運営・管理へ参加できるようにWebアプリケーションではどのような支援が行えるかを導き出すこと、また運営・管理の質を維持・向上するためにはどのような点が必要とされ、またそのためにWebアプリケーションではどのような支援が行えるか明らかにすることが課題として拳げられる。
引用・参考文献
1) エティエンヌ・ウェンガーら,『コミュニティ・オブ・プラクティス』)翔泳杜,2002